幕張茜浜ゼロヨン/ 幕張ゼロヨン/
「 幕張茜浜ゼロヨン 」

あれはまだ幕張メッセ前の道路が、姿かたちも無かった頃の事。
船橋の湾岸を通る道は茜浜で片側2車線から1車線に減少し、直角カーブで曲がっていた。
不便であまり認知されていない道路の通行量は皆無であり、2台が並んで走れるここは絶好のゼロヨンコースと化した。

セルボに乗っている時に噂を聞いて訪れて見たそこは異次元の世界だった。
鋭いダッシュを決めるためのエンジンの咆哮。
きしむタイヤとあたりを包むスモーク。
消音などされていない排気音。
独特なスターターのしぐさ。

全てが日常を離れて別の世界に飛び込んだようだ。

その衝撃に心を奪われてしまい、ギャラリーするようになり、土日は溢れるばかりの人出だったが、平日には数台が走るくらいであった。

これなら同じ軽同士並べば参加できる。
メカチューンを施し、実力を試したい時だ。
セルボターボを発見しスタートラインに並ぶ。
「1・2・3・・・」スターターが両手を振り下ろしスタート!
ストールを見込んだ回転数が最高トルクで車体を引く。
2速吹け切りまではフルメカチューン(フルチューンになってるし。爆)セルボの独壇場だ。
だが、3速の後半。
「キィイイーン」タービン音がすぐ後ろから響き渡ったかと思うと、抜き去って行ってしまった。

「完敗だ。」信号をUターンし、戻る私の顔からは笑みは消えていた。
ほろにがいゼロヨン体験だった。

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「 幕張ゼロヨン 」

幕張メッセが完成し、すぐ横を通る道は片側3車線の広〜い道だった。
マリンスタジアムから次の信号までの加速を競い合うには打って付けであり、土曜の夜には突然渋滞にはまり、信号の先は車が居ないのに人並みが溢れスターターの合図でタイヤをきしませる姿がいつまでも続いていた。
私がセフィーロの頃に一番盛り上がっていたかな。
走っていた車がギャラリーの中に突っ込んだとか事故も多くあったらしく、その後は段差舗装や、でかい四角いコンクリートが左右交互に車線を潰すように置かれ、真っ直ぐに走れないようになりツブれた。

船橋港って書いてありますが、実は幕張ゼロヨンの写真です。
歩道橋の上から撮ったのかな。だとしたら右側がメッセ。
(1991年3月号CAR BOYより抜粋)
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